場の空気は、最後には人のスパイスで仕上がる。

 

心地いいな、とか

なんだかどよんとしている、とか。

感じる空気感って、場所にもお店にもあったりしますよね。

 

私はまったくスピリチュアルな能力はありませんけど

そんなふうに感じることって、場所にも、お店にも、人にも。あります。

場が整っていることっって、

掃除がしてある、ってことはたぶん風水とかお片づけ論からしても大事なことと思うんですが、

それだけ・・・じゃないと思うんですね。

 

最後のスパイスは「人」で決まる=場づくり

 

いくらきれいに掃除が行き届いていても、最後には人が整え、カタチとなり、作り出すもの。

それには、どんなに掃除をされていても、最後にはその「人」も整っていないと難しいのでは、、と思っています。

意図を持つコト

なぜ、掃除をするのか。なんのために、掃除をするのか。

目的が達成できているだけでなく、その意図があらわれると掃除も空間も、格段とレベルがあがる。

それが、場の作り出す空気感にかわる。

 

意図をもつこと

これは人も、同じで、

見た目を整えることも、同じです。

お風呂に入って、清潔にして、人に不快感を与えないように。。。

目的はオールクリア。

でもそのそものその意図。

なぜ整えようとしているのか、何のために。何を伝えるために。

きちんとした身なりをすることから、、意図をもつことへ。

そこからレベルがかわる。

空気感がかわる。

 

大切な時、大切にしたい時間に、来てくださる方、お会いする方に

その気持ちが伝わるには、やっぱりその人があわられ、感じられるところに、

人の面白さがあると思います。

見えない所、だけではなく、見えないコト。の面白さ。

見えない場所まで掃除しようではなくて、見えない場所まで掃除する、気にかける意図。

かといって、緊張感があり続けるのは苦手です。

かえってカラダにもココロにも力が入りすぎる。

毎日気を抜かないで生活するのは、、ちょっと辛いし疲れる。

気をぬく時も、ダラダラする時もあっていいと思うし、むしろ必要かなと。

こないだ「えー、斉藤さんってジーパン履くんですか?」ってなぜだか驚かれたんですが

自宅に戻ったらまずすることは、アクセサリーを外して裸足でジーパンになります。

なぜって、、ドタバタ動けるから。

掃除したり、何したりと、、、ある程度汚してもガラガラ洗濯機で洗えるし~。

でも、外出用のジーパンと、家で過ごすジーパンは、、かえてます。

 

 

 

同業他社がいない業種なんて、もうほとんどない。

同じモノを、同じ内容を、「人の手」を介すことで何かに変化をする。

人肌、そしてその人が何かで伝わると、、必要な人に、必要なことが届く人が生み出せる、人の面白さ。

 

 

 

同じ商品多種、同じ敷地内、で商売をしていた三崎のマルチェに立ち寄り、

おばちゃま達のパワーに負けて両手いっぱいの荷物を抱えて帰ってきた昨日。

意外と負けないこの自分が、おばちゃんのパワーにたんまり負けてきた楽しさ。

でも、同じ空間でも立ち寄らない、さらっと通り抜けるお店もあり、ね。

 

 

おしゃれな空間、スタイリッシュなお店、便利なシステム、

どれも大好物❤︎ではあるけれど、

大きなスーパーもなく、どこにいってもお店の人と掛け合いができる。

一瞬「立寄ろうかどうか」を考える瞬間。

それはとっても短い一瞬の感覚。

そこにもたくさんの情報を受け取っている人間の感覚。

こんな地域、やっぱりずっと。。。あっててほしいな。

 

 

魅力の総合演出家  斉藤典子